クルーゾン症候群・アペール症候群・ファイファー症候群など「頭蓋骨縫合早期癒合症」による頭蓋-顔面変形の治療
クルーゾン症候群、アペール症候群、ファイファー症候群など、生まれつき頭蓋骨と顔面骨の成長が障害される「症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症(Syndromic Craniosynostosis)」の治療についてご紹介いたします。この生まれつきの病気は、非常に珍しい病気で、しっかりとした治療方針について医師のなかでも十分な理解がなされていない病気です。
現在、この病気の治療法には、骨延長法が欠かせない方法です。顔面骨の骨延長法の歴史は20年ほどと浅く、ちょうど最近長期成績についていろいろ解ってきたところです。私たちも20年前から顔面骨の骨延長法による治療に取り組んできまして、クルーゾン症候群、アペール症候群などの治療成績も大きく改善してきました。
今回、私たちの治療方針を、解説と症例を交えてご紹介させていただきます。
より専門的な内容は、以前書かせていただいた、「Crouzon症候群の治療最前線」 (特集 Craniosynostosis・先天性頭蓋顔面骨異常の治療 渡辺頼勝、秋月種高 ペパーズ 55: 33-42, 2011年7月号 全日本病院出版会)をご参照ください。
1.クルーゾン症候群、アペール症候群、ファイファー症候群などの「症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症」について
クルーゾン症候群、アペール症候群、ファイファー症候群など、生まれつき頭蓋骨と顔面骨の成長が障害されるFGFR遺伝子(Fibroblast Growth Factor Receptor)変異が関連する一連の病気のことを、まとめて「症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症(Syndromic Craniosynostosis)」といいます。
中でも、代表的なクルーゾン症候群は、頭蓋骨縫合早期癒合症と中顔面低形成を合併した症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症の一つです。発生頻度は、25,000出生に一人の割合とされております。患者さんの多くは、遺伝的家系とは関係のない、いわゆる孤発例です。原因として、FGFR-2(Fibroblast Growth Factor Receptor-2)遺伝子の変異が特定されています。遺伝形式は、常染色体優性遺伝で、侵透率(この異常な遺伝子を持つとどのくらいの割合で発症するかを表したもの)はほぼ100%でありますが、その表現型(具体的な症状の表れ方)には大きなバラつきが認められます。
これらの症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症では、多くの場合1歳以内に、通常いくつかに分かれている頭蓋骨どうしがくっついてしまうために、頭蓋骨全体の変形とさらには成長する脳への圧迫が強くなり頭蓋内圧の上昇も起こしてきます。この状態が続きますと、脳の成長障害や精神発達障害が悪化してしまいますので、早期に頭蓋拡大手術が必要となります。
さらには、発症時期は様々ですが、早い場合は1歳以内で、前頭部から上あごの骨(中顔面)の成長も障害されているため、眼球を納めている眼窩容積が狭くなり眼球の突出症状や、上気道が狭くなることで呼吸障害・睡眠時無呼吸症状が問題となります。これらの状態が悪化する前に、早期に中顔面前進術が必要となります。
2.私たちの治療方針
(1)一次手術:頭蓋拡大術:1歳以内
1歳以内で、頭蓋拡大術を骨延長法という方法を用いて行い、脳の成長を促します。骨延長法とは、骨を切って、一日1mmぐらいずつその隙間を広げていくことで、その隙間に自然に骨ができるようにする手術方法です。この手術方法ですと、出血も少なく、頭蓋拡大を最大限効率的に行うことができます。この手術は、入院して全身麻酔下で安全に行います。手術時間は、症状にもよりますので、2~3時間ぐらいです。退院は、骨延長をご自宅で行う場合は、傷が落ち着いた術5日目以降になります。ただし骨延長法を、入院して行う場合は、骨延長量によりますが入院期間が3~4週間程度になります。
(2)二次手術:頭蓋拡大+中顔面前進術:1歳以降、頭蓋骨と中顔面の変形の程度に合わせて手術時期を決定
1歳以降に頭蓋骨変形に伴う頭蓋内圧上昇と中顔面の低形成に伴う眼球突出や呼吸障害・睡眠時無呼吸症の症状が出てくれば、前頭部と中顔面を前進させる手術(モノブロック型骨延長術)を骨延長術用いて行います。
また、頭蓋骨変形が軽度の症例に対しては中顔面低形成による症状が明らかになる時期に応じて中顔面前進術(ルフォーIII型骨延長術)を施行します。
この手術は、入院して全身麻酔下で安全に行います。手術時間は、症状にもよりますが、4~5時間ぐらいです。退院は、骨延長をご自宅で行う場合は、傷が落ち着いた術後7日目以降になります。ただし骨延長法を、入院して行う場合は、骨延長量によりますが入院期間が3週間程度になります。
永久歯に生え変わる10歳前後から、歯並びを整える歯科矯正治療が加わります。
(3)18歳以降
顔面骨の成長が終了した18歳以降に、最終的に残った顔面変形に対して治療を行います。一番の多い手術は、中顔面や上あごの低成長のために残った受け口に対する上あごの移動手術(ルフォーⅠ型またはルフォーⅢ型骨移動術)です。この手術は、入院して全身麻酔下で安全に行います。手術時間は、症状にもよりますが、4~5時間ぐらいです。退院は、骨延長をご自宅で行う場合は、傷が落ち着いた術後7日目以降になります。ただし骨延長法を、入院して行う場合は、骨延長量によりますが入院期間が2週間程度になります。
私たちの施設以外で、すでに治療を受けられてきて、さらに顔の改善を希望される方でも、お悩みを伺い治療の相談をさせていただいております。
(4)症例 クルーゾン症候群 2歳、女
頭蓋内圧亢進、眼球突出、睡眠時無呼吸症状を呈する前頭部、中顔面低形成
手術 2歳: モノブロック型骨延長術(前頭部+ルフォーⅢ型中顔面同時骨延長術)
13歳: ルフォー型中顔面骨延長術
21歳: 下顎骨矢状分割骨切り術
治療経過:生後5カ月頃より中顔面低形成が原因による眼球突出と上顎が小さいことによる睡眠時無呼吸症状が出てきたため、当科を紹介されました。しばらく外来にて経過を観察しておりましたが、次第に眼球突出と無呼吸症状が悪化して、さらに頭蓋骨縫合のうち冠状縫合の早期癒合に伴う頭の形の短頭化と頭蓋内圧亢進症状が認められるようになってきました。
2歳時(A)に、短頭化した頭の形と頭蓋内圧亢進症状を改善し、さらに中顔面低形成による眼球突出と睡眠時無呼吸症状を同時に改善するため、モノブロック型骨延長術を施行しました。術後7日目より、前頭骨と中顔面をそれぞれ一日1mmずつ前方に向かって内固定型骨延長器を用いて延長を行ないました。前頭骨は15mm、中顔面は10mm延長しました。手術により症状は改善し、しばらくは1年に1回の外来受診で経過観察を行っておりました。
13歳時(B)、第2次性徴期が始まって、顔の骨の成長も一段と盛んになってくると、再び眼球突出と睡眠時無呼吸症状が顕著になり、年頃の女性としてもその特異な顔貌の改善に大変強い希望がありました。今回の手術は、低形成の部分は主に中顔面にありましたので、ルフォーIII型骨延長術を行いました。術後7日目より、一日1mmずつ前方に向かって内固定型骨延長器を用いて延長を行ないました。中顔面は16mm延長しました(C)。手術により症状は改善し、歯科矯正治療を行いながらしばらくは1年に1回の外来受診で経過観察を行っておりました(D,E)。
21歳時、中顔面の低形成の傾向が少し残っており軽度の受け口class IIIでしたので、下顎を上顎と良い咬み合わせの位置に来るように下顎骨矢状分割骨切り術で下顎をセットバックしました。
23歳時(F)、顔面骨の成長も終了し、眼球突出や睡眠時無呼吸症状もなく、機能的にも整容的にも良好な治療結果が得られました。
コメント:クルーゾン症候群、アペール症候群、ファイファー症候群など頭蓋骨縫合早期癒合症と中顔面低形成症状 を併せ持つ生まれつきの病気を「症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症」といいます。頭蓋骨縫合早期癒合症には、様々なタイプがあり、手術方法もいくつかりますが、症候群性の場合は、できるだけ頭蓋骨を大きくする必要があり、これには骨延長法が大変有用な方法です。さらに、従来では前頭部を主に骨延長する(Front-orbiral distraction)方法が主体でしたが、最近では頭蓋内圧亢進症状に対する治療方法として後頭部の骨延長(Posterior distraction)が用いられるようになってきました。
この症例では、2歳時に、短頭化した頭の形と頭蓋内圧亢進症状を改善し、さらに中顔面低形成による眼球突出と睡眠時無呼吸症状を同時に改善するひつようがありましたので、モノブロック型骨延長術を施行し、様々な症状を一期に改善いたしました。しかし、顔面骨の成長が終了するのは、20歳頃までかかります。元々成長の悪い、頭蓋骨や中顔面の性質は残っておりますので、2歳時の手術で改善された症状が、その後の顔面骨の成長過程の中で、再発することは十分に考えておく必要があります。この症例の場合でも、急に体の成長が起こる第二次性徴期の13歳で、眼球突出と睡眠時無呼吸症状が再発したため、ルフォーIII型骨延長術を行いました。
21歳時に、最終的に残った受け口顔と咬み合わせの改善のために下顎を下げる手術を行い治療を完了しました。
このように、生まれつきの顔の病気の治療は、顔面骨成長が終了する20歳ぐらいまでは、各成長段階で生じてくる様々な症状に対し、多段階的に必要となります。私たちは、このように機能性の改善と整容性の向上が両立できる最新の治療を目指しております。