睡眠時無呼吸症候群とは?
睡眠時無呼吸症候群には、大きく分けて、睡眠の指令を出す脳に何らかの異常があって生じる中枢性睡眠時無呼吸症候群と、鼻や口から肺に至る空気の通り道に何らかの狭いところがあって生じる閉塞性睡眠時無呼吸症候群があります。
睡眠時無呼吸症候群の90%は、閉塞性睡眠時無呼吸症候群といわれておりますので、一般的に睡眠時無呼吸症候群といいますと、閉塞性睡眠時無呼吸症候群を指します。 閉塞性睡眠時無呼吸症候群の有病率(人口あたりの病気を持っている人の割合)は、大人で1-6%といわれ、男女では有病率に差はないとされております。子供でも閉塞性睡眠時無呼吸症候群はありますが、有病率が多くなるのは40歳以上の中年以降からで、もっとも多い年齢は、55-60歳です。
中年以降に有病率が多くなる原因として、肥満傾向や加齢による筋肉などの緩みが関係していると考えられております。
睡眠時無呼吸症候群は治療する必要があるの?
睡眠時無呼吸症候群は単なる「いびきがうるさい」、「昼間によく眠くなる」といった症状の原因であるだけではなく、長期で見れば様々な重篤な合併症、例えば、心臓病や脳卒中、糖尿病などを引き起こす可能性があります。
この病気を持っているか、持っていないかで寿命に大きな違いが生まれてくることが分かっているため、しっかりした治療が必要となります。
ここで睡眠時無呼吸症候群が寿命を左右する重要な病気であることを報告した、1988年のアメリカでの有名な研究をご紹介します。[He J, et al,. Mortality and apnea index in obstructive sleep apnea. Chest 94: 9-14, 1988.]
この研究では、睡眠時無呼吸症候群の無治療の男性患者さん248名を重症度別に、中程度(142名)と重症(104名)の二つのグループに分けて、生存率を8年間追跡調査しました。 追跡5年以降からは有意に生存率に差が生じはじめ、8年後の生存率は、重症度が中程度(無呼吸指数が20以下)の患者さんは96%であるのに対し、重症度が重症(無呼吸指数が20以上)の患者さんは63%と大変悪いことが分かりました。
この報告から重症度が重症な方の生存率は、例えば胃がんの5年生存率でステージIIの65.7%に匹敵すると考えられますので、睡眠時無呼吸症候群をしっかり治療する意義が十分にお分かりになると思います。
睡眠時無呼吸症候群の症状は?
いびき、無呼吸発作(睡眠中に10秒以上呼吸が止まっている状態)、昼間の過度の眠気、知性の低下、性格の変化、起床時の頭痛、幻覚、自閉症、呼吸困難、インポテンツなど、多彩な症状があり、日常生活に大きな悪影響を及ぼします。
睡眠時無呼吸症候群の原因は?
多くの場合、舌、扁桃、口蓋垂などが空気の通り道である気道をふさいでしまうことで起こりますが、その原因はいくつかあります。
1. 肥満 :中年以降になると首やあご周囲に余分な脂肪がつくため、気道がふさがりやすくなります。欧米では、閉塞性睡眠時無呼吸症候群の一番の原因は肥満とされており、肥満の方は肥満でない方に比べて約3倍以上に発症しやすいといわれております。
2 .顔面骨格・下顎骨が小さい: 気道のフレームとなる顔面骨格・下顎骨が小さい場合、気道自体がもともと狭く、容易にふさがりやすくなっています。また、肥満までいかなくても体重が少し増加しただけでも睡眠時無呼吸症候群になるリスクが高まります。特に、日本人はじめ東アジア人は欧米人よりも肥満度は低いのにもかかわらず、睡眠時無呼吸症候群の有病率は欧米に劣らないという報告もあります。
この原因として、東アジア人に特徴的な顔面骨格構造、例えば顔面に凹凸が少ない、頭が前後的に短頭傾向、上顎に比べて相対的に下顎が小さい、などのために発症しやすいのではないかと考えられています。頭蓋顎顔面骨格構造が全体的に小さい人や、特に下顎が小さい人は、呼吸のさいの空気の通り道である気道がもともと狭いため、ふさがりやすい状態です。また、明らかな肥満のない方でも体重が少し増えただけで気道が狭くなり、睡眠時無呼吸症候群が生じたり悪化するリスクが高まります。
3. 上気道・咽頭部の変形・軟部組織が大きい:鼻腔の空気の通りを障害する原因に、鼻中隔弯曲症、肥厚性鼻炎、アデノイド肥大、鼻茸などがあります。また、のどの通りを障害する原因にアデノイド、口蓋扁桃肥大、口蓋垂(いわゆる、のどちんこ)周囲の軟口蓋が長い、舌が大きい、などの原因があります。これらは耳鼻咽喉科を中心とした科で、診察されます。
睡眠時無呼吸症候群の診断は?
典型的な症状は、眠っているときの、いびき、無呼吸発作(睡眠中に10秒以上呼吸が止まっている状態)や、昼間の過度の眠気です。眠っているときのいびきや、無呼吸発作は自分では気づかない症状ですので、ご家族からの指摘ではじめて判ります。 昼間の眠気については、患者さんご自身で自覚しやすい症状です。
昼間の眠気の程度を簡単に評価する方法として、「エプワース眠気度質問票」(Japanese version of the Epworth sleepiness Scale)があります。
これは8つの簡単な質問に答えて、合計点数が11点以上あると、睡眠障害の疑いが強くなります。
睡眠時無呼吸症候群が疑われる場合は、実際に寝ている間に、呼吸や血液中の酸素濃度、脳波や筋電図を測定する睡眠検査(Polysomnography: PSG、ポリソムノグラフィー)で睡眠の状態を詳しく調べます。この睡眠検査と実際の診察および肥満の状態や高血圧などの合併症の有無を総合して、最終的に診断が決まります。 また、この睡眠検査で測定される無呼吸低呼吸指数((Apnea Hypopnea Index: AHI)で重症度が決定します。
重症度は、AHI:5~15=軽度、AHI:16~30=中等度、AHI:31以上=重度、の3段階に分類されます。
日本人はじめ東アジア人では、小さな顔面骨格が睡眠時無呼吸症候群の原因の一つとして関係していると考えられているため、顔面骨格のバランスをみるために、顔面正面・側面規格写真(セファログラム)レントゲン撮影を行い、顎変形症などでよく行われている顔面骨格の分析を行います。主に、上顎と下顎の位置関係で、下顎後退症がないかどうか、咬み合わせの面、下顎のラインの角度が大きくないかどうかなどを確認します。
睡眠時無呼吸症候群の治療は?
睡眠時無呼吸症候群という診断がつけば続いて適切な治療が必要となります。睡眠時無呼吸症候群は単なる「いびきがうるさい」、「昼間によく眠くなる」といった症状の原因であるだけではなく、長期で見れば重篤な心臓病や脳卒中、糖尿病などを引き起こす可能性があり、この病気をもっているか、持っていないかで寿命に大きな違いが生まれてくることが分かっているため、しっかりした治療が必要となります。
ここでは現在、日本で主に行われている治療方法をご紹介します。
治療1.食事・運動療法 : 睡眠時無呼吸症候群の発症・悪化の原因となる肥満があれば。BMI[体重(g)÷(身長(m))] 25以下を目指して専門家による適切な食事・運動療法を行います。
治療2.CPAP(シーパップ)療法: 無呼吸低呼吸指数(AHI)が20以上の重症度が中程度の場合、日本における治療は、CPAP(Continuous Positive Airway Pressureの略、持続陽圧呼吸)治療です。これは、毎晩寝ている時に呼吸に合わせて空気を鼻や口から一定の圧力で吹き込んでくれるCPAPという装置を装着する方法です。もちろん、旅行や出張に行くときにもこの器械を持っていく必要があります。
通常、この治療には健康保険が適応され、この治療期間中は、月1回の定期的な通院診察が必要になります。
治療3.口腔内装具(マウスピース)治療: 寝ているときに下顎が下がって舌根沈下が起こる場合、下顎を前に突き出した状態を維持することで呼吸の通り道が確保できます。口腔内装置はマウスピースの一種で、このマウスピースを噛むと下顎が数ミリ前に移動した状態が維持できますので、寝ている間、このマウスピースを装着することで、呼吸の通り道が確保されます。
通常、このマウスピースは健康保険適応で歯科で作成してもらいますが、丁度いい下顎の位置を決めるのが重要となります。合わないマウスピースを装着していると、顎関節に負担がかかり痛みが出たり、歯並びがズレてくる可能性もあります。
治療4.鼻・のどに対する外科治療: 空気の取り込み口となる鼻やのどの空気の通りを悪くしている原因を、手術によって治療します。鼻の通りを悪くする、鼻中隔弯曲症、肥厚性鼻炎、アデノイド肥大、鼻茸などに対して鼻中隔矯正術、下鼻甲介切除術、副鼻腔根治術などが行われます。のどの通りを悪くするアデノイド、口蓋扁桃肥大に対してはこれらを取り除く摘出術が行われます。
また、口蓋垂(いわゆる、のどちんこ)周囲の軟口蓋が長い場合は、過剰な部分を取り除く、口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(Uvlo-Palato-Pharyngo-Plasty:UPPP)が行われます。UPPPによる治療成績にはバラつきが多いとされ、過剰な手術により口腔内と鼻腔内を遮断する機能に障害が生じ、発音や食事をしたときに支障が出る可能性があるので、慎重な治療が必要となります。これらの外科治療には、健康保険が適応されます。
治療5.顎矯正外科手術による治療(当科で行っている治療): この治療は、上顎と下顎を前方に移動する顎矯正外科手術により顔面骨格を広げることで、狭い空気の通り道を物理的に広げる外科治療です。海外では、10年ほど前からCPAP療法とならんで治療効果が高くまた唯一の根本治療としてよく行われている治療ですが、日本ではこの分野の治療が大変遅れているため、これからポピュラーな治療なってくると考えられます。
この治療は、睡眠時無呼吸症候群に対する原因そのものを解消する治療ですので、根治療法ということになります。一般的によく用いられているCPAP(持続陽圧呼吸)治療や歯科で行なわれている口腔内装置治療は、あくまでも対処療法ですので、一生使い続けなければならない治療とも言えます。
当科における顎矯正外科手術が適応となる主な方は、肥満でない方のうち、
①顔面骨格、特に咬み合わせが悪く、下顎が小さい方、
②CPAP治療や口腔内装置治療の煩わしさから解放されたい方、または過去にこれらの治療を受けられるも継続できなかった方、
③CPAP治療や口腔内装置治療が適応であるにも関わらず治療を躊躇されている方、
が対象となります。
当科における顎矯正外科治療の特徴は、 サージャリーファースト アプローチを用いた顎矯正外科治療で、なるべく早期に手術を行うことで睡眠時無呼吸症候群の症状を改善することにあります。具体的には、歯並びが悪くない方は、まず顎矯正外科手術を行い、術後に咬み合わせが大きくずれないような歯科矯正治療を行い、早期に睡眠時無呼吸症候群の症状を改善します。 また、歯並びが悪い方でも、手術前に短期間、最低限の歯並びを歯科矯正してから、出来るだけ早く顎矯正外科手術を行い、術後に歯科矯正治療でもう少し良い安定した咬み合わせにする方針で、早期の睡眠時無呼吸症候群の症状を改善します。
睡眠時無呼吸症候群そのものに対する顎矯正外科手術の適応に対しては、現状では健康保険が適応されませんので、自費治療になります。
もちろん、睡眠時無呼吸症候群の原因として、咬み合わせが悪く下顎が後退しているような場合には、病名が付きますので、健康保険が適応された治療が可能となります。